写真: Le Parisien
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中央アフリカ共和国は、豊かな文化を持つ国です。多くの民族が暮らしており、それぞれが独自の言語や伝統、音楽、踊りを受け継いでいます。バヤ族、バンダ族、マンジャ族、サラ族、ムブーム族などがその代表で、多様な文化が合わさって社会を形作っています。しかし、このような豊かな文化の裏側には、あまり知られていない非常に特異な歴史があります。実はこの国は、一時期「共和国」ではなく「帝国」だったことがあるのです。そして、その帝国を支配していたのは、自ら皇帝を名乗った一人の男でした。その人物こそ、ジャン=ベデル・ボカサです。
ボカサはもともとフランスの植民地軍に所属していた軍人で、第二次世界大戦やインドシナ戦争に参加した経歴を持っています。中央アフリカ共和国を理解するうえで重要なのは、フランスとの関係です。この国は1960年にフランスから独立しましたが、政治体制は不安定で、経済的にもフランスへの依存が続いていました。多くの旧植民地と同じように、独立してもすぐに安定した国家になるわけではなかったのです。このような状況の中で、ボカサは権力を握ります。1
当時の重要人物として、ボカサのいとこであるダヴィッド・ダッコがいます。彼は短期間首相を務めた後、1960年から1966年まで初代大統領を務めました。しかし1966年、ボカサはクーデターを起こしてダッコを追放し、自ら大統領となります。2 ダッコは一時投獄されましたが、後に釈放されました。3 その後ボカサは「終身大統領」を名乗り、長く権力を握ります。そして1976年、彼は国名を「中央アフリカ帝国」に変更するという驚くべき決断をします。さらに翌年、自らを「ボカサ1世皇帝」として戴冠し、帝政を宣言しました。この王位は世襲制にすると発表されました。
しかし、この皇帝としての地位は国際的にはほとんど認められませんでした。1977年に行われた戴冠式には多くの世界の指導者が招待されましたが、日本の昭和天皇やイランの国王などは出席を断りました。出席した唯一の王族は、リヒテンシュタイン公国の王子だけでした。アフリカの他の独裁者たちも参加を拒否し、結果的に国際的には孤立した式典となりました。それでも式典は強行され、その費用は国家予算の約3分の1にも及んだとされています。3
皇帝となったボカサの統治は、非常に厳しく、弾圧的なものでした。反対する人々は投獄され、拷問を受けることもありました。さらに、彼には人肉食の疑いといった衝撃的な噂もありましたが、これは確実には証明されていません。一方で、確実に記録されている悲惨な事件もあります。1979年、学生たちが政府に抗議するデモを行いました。きっかけは、ボカサには17人の妻がおり、そのうちの一人が関係している会社が作ったとされる制服を、生徒たちに強制的に着せたことでした。この抗議は厳しく弾圧され、多くの学生が逮捕され、刑務所で暴力を受けて命を落としました。ボカサ自身が学生を殴ったという証言も残っています。4 5

写真: BBCニュース
当初は良好だったフランスとの関係も、次第に悪化していきます。ボカサはフランスのジスカール・デスタン大統領と親しい関係にあり、ダイヤモンドを贈るなどしていました。しかし後にこの贈り物がフランスで政治問題となり、大統領の支持低下につながりました。6 さらにボカサがリビアのカダフィ大佐に接近したことで、フランスは危機感を強めます。7 そのため、フランスのアフリカ問題担当顧問はボカサに退位するよう求めました。しかしボカサは、その顧問を杖で殴ると脅して応じました。8 最終的にフランスはボカサを見限り、関係は完全に崩れました。
1979年9月、ボカサが国外にいる間に、フランスは「バラクーダ作戦」と呼ばれる軍事介入を実行します。この作戦によりボカサは失脚し、ダヴィッド・ダッコが再び大統領に復帰しました。そして中央アフリカ帝国は解体され、再び共和国へと戻りました。帝国としての期間は、わずか3年足らずでした。
ボカサはフランスへ逃れました。これはフランス植民地軍としての従軍経験によって得ていたフランス国籍を利用したものでした。そして、1986年に帰国した際に逮捕されます。9 当初は死刑判決を受けましたが、その後、終身刑に減刑され、最終的には1993年にアンドレ・コリンバ大統領(1981年に別のクーデターでダヴィッド・ダッコを追放した人物)によって恩赦を受けました。10 彼は1996年に心臓発作で亡くなりました。2
この物語は、一見すると信じられないような出来事に思えるかもしれません。しかしこれは、植民地支配の影響が残る社会の不安定さや、外国の影響力、そして権力が一人に集中したときの危険性を示しています。中央アフリカ帝国は短命に終わりましたが、その歴史は現代においても重要な教訓を残しています。
1 France’s poisoned legacy in the Central African Republic – The Guardian
2 Africa’s Napoleon? The Coronation of Jean-Bédel Bokassa – New Histories
3 Central African Republic – Independence | Britannica
4 Bokassa Successor Says Dictator Killed Children in April Massacre – The New York Times
5 Survivors Describe Massacre in Bangui – The New York Times
6 The Story of Giscard d’Estaing’s Fascination for Emperor Bokassa’s Diamonds – InDepthNews
7 France and its African policy – International Viewpoint
8 French Reject Bokassa, Keep Him Waiting on Jet – The Washington Post
9 Bokassa’s Overthrow and French Intervention – HistoryRise
10 The other version of the crisis in the Central African Republic – ICIP (Peau en Progress magazine)






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