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ルクセンブルクは、これまで私が訪れた中でも特に印象的な国の一つでした。とりわけ首都ルクセンブルク市は、これまで見てきたどの首都とも違う独特の雰囲気があり、そして何よりも本当に美しい街でした。今回の記事では、なぜ数ある国の中からルクセンブルクを訪れることにしたのか、滞在のほとんどの時間を過ごした首都の印象、そして列車の中で出会ったルクセンブルク人の女性との思いがけない交流について書いていきたいと思います。彼女はとても親切に話しかけてくれて、ルクセンブルクでの生活や移民についての考えなどを率直に語ってくれました。その会話は私にとって強く印象に残るものとなり、ぜひ共有したいと思った出来事です。
私は二つのバックグラウンドを持っているため、家族に会ったり子どもの頃の思い出の場所を訪ねたりするために、できるだけイギリスに行くようにしています。そのため、他の国をゆっくり訪れる機会はあまり多くありません。私にとってイギリスへ行くことは「海外旅行」という感覚ではなく、もう一つの家に帰るような感覚だからです。それでもここ数年は、数日ずつですがいくつかの国を訪れる機会がありました。今回の旅は特に楽しみでした。というのも、初めて親と一緒ではなく、自分と彼女さんだけで新しい国を訪れる旅だったからです。春にイギリスへ帰省した際の短い休みを利用して、ベルギー、ルクセンブルク、そしてドイツの三か国を三日間で回ることにしました。

中でも私が一番楽しみにしていたのがルクセンブルクでした。私はいわゆる「国オタク」なので、人々があまり話題にしない国ほど興味を惹かれることが多いのです。なぜなのか自分でもうまく説明できませんが、日常生活ではほとんど耳にしないような国でも、そこには確かに人々が暮らし、それぞれの普通の生活があるということに不思議な魅力を感じます。ルクセンブルク出身であることは、そこに住む人にとってはごく当たり前のことです。しかし日本で暮らしていると、この国の名前を耳にする機会は日常でもネット上でもほとんどありません。
旅の最初の目的地はベルギーのブリュッセルでした。ブリュッセルはとても賑やかな街でした。大勢の観光客、ストリートパフォーマー、立ち並ぶ建物、そして有名なグラン・プラス。どこへ行っても車のクラクションが鳴り響き、「まさに首都」という活気を感じました。
しかしルクセンブルクは、それとはまったく対照的でした。ブリュッセルを訪れた翌朝、私と彼女さんは列車でルクセンブルクへ向かいました。移動中、私は何度もGoogleマップで現在地を確認していました。地図の上で少しずつベルギーの端へ近づいていきます。ところが到着の少し前になって、あることに気付きました。駅と駅の間隔を考えると、表示されている到着時間まであと数分しかないのに、ルクセンブルク市に着くとはどうしても思えなかったのです。もしかすると国境までしか行かず、そこで別の列車に乗り換えるのではないか、とさえ思い始めました。ところが、国境を越えた瞬間、Googleマップで面白いことが起きました。ルクセンブルクはとても小さな国なので、地図が一気に拡大されたのです。現在地のマークが地図の上をあっという間に進んでいき、気が付けばほんの数分で首都に到着していました。

到着してすぐ、ベルギーとは雰囲気が全く違うことに気付きました。トラムや道路の整備、そして何より街の静けさが印象的でした。橋を渡ってルクセンブルク市へ入ったとき、周囲の景色はどこか現実離れして見えました。先ほどまで見えていた谷や森、城の景色が遠くに広がり、まるで空中に浮かぶ島のような街に入っていくような感覚だったのです。その「島」のような街で、私たちは美しい大聖堂を訪れ、中心街を歩きました。驚いたのは観光客の少なさです。街は信じられないほど静かでした。ブリュッセルと同じようにホームレスの人は少し見かけましたが、それ以外は首都にありがちな喧騒がほとんどありません。クラクションも鳴らず、人混みもない。建物はまるでディズニーランドの街並みのように整っていて、美しく、そして不思議なほど穏やかな雰囲気でした。「ここは本当に一国の首都なのだろうか?」そんなことを思わず考えてしまうほどでした。

特に印象的だったのは大公宮殿です。ルクセンブルクは、国家元首が「大公」という称号を持つ世界で唯一の国です。宮殿の前にはルクセンブルクとEUの旗が掲げられ、私と同じくらいの年齢に見える兵士が一人、無表情で行進を続けていました。周囲には十人ほどの人しかおらず、そのうち一人が静かに写真を撮っていました。ルクセンブルクにとってはここがバッキンガム宮殿に相当する場所のはずですが、その空気はあまりにも静かで、どこか現実味がありませんでした。「本当に国なのかな?」冗談半分でそんなことを思ったほどです。

ルクセンブルクでは公共交通機関が無料なのも驚きでした。バスに乗ってもカードをタッチする必要もなく、運転手とやり取りすることもありません。そのまま乗って、そのまま降りるだけです。短い滞在でしたが、まるで別の世界に迷い込んだような感覚でした。実際に住んでみたらどうなのかは分かりませんが、少なくともルクセンブルク市が私のこれまで訪れた場所の中でお気に入りの一つになったことは間違いありません。
Airbnbでも印象的な出来事がありました。そこには試験のために滞在していたフランス人の学生がいて、Airbnbの説明に書かれていた「無料の食べ物」を私たちが探していると手伝ってくれました。結局それらしいものが見つからなかったのですが、彼は戸棚を開け、卵やカップ麺などの食べ物を「よかったらどうぞ」と差し出してくれました。私たちが「これはAirbnbのもの?」と聞くと、彼はあっさり「いや、僕のだけど」と言いました。まだ出会ったばかりの、私たちと同じくらいの年齢の学生が、自分の食べ物を当然のように分けてくれたのです。そのさりげない優しさに、私はとても温かい気持ちになりました。

三日目には、ルクセンブルクからドイツのトリーアへ列車で向かいました。トリーアは、ドイツとルクセンブルクの国境に近いドイツの都市です。正直なところ、「ドイツにも行った」と言えるようにするのが一番の目的でしたが、トリーアはとても落ち着いた素敵な街でした。三日間の旅の最後を締めくくるには、ぴったりの場所だったと思います。
その日の夕方、私たちはルクセンブルク空港からイギリスへ戻る予定だったため、トリーアからルクセンブルクへ戻る列車に乗りました。席に座ると、向かいに座った五十代半ばくらいの女性がこちらを見てにこやかに微笑んでいました。「どこから来たの?」その一言から会話が始まりました。
彼女はルクセンブルク生まれで、一生そこで暮らしてきたそうです。ルクセンブルクでは人口の約47%が外国出身であることや、フランスから毎日通勤してくる人が多いことなどを教えてくれました。彼女自身の経験では、これまで出会った看護師や医師の多くがフランス人だったとも話していました。
しかし会話は次第に移民の話題へと移っていきました。そのあたりから、彼女の口調が少し変わったように感じました。移民によってヨーロッパやルクセンブルクが以前より安全ではなくなったと感じていること、ここ十五年ほどの間に世界各地の紛争から多くの人がヨーロッパに来たことなどを話し始めました。特定の人々の名前を挙げる場面もあり、正直なところ私は少し居心地の悪さを感じました。
それでも私は途中で口を挟んだり反論したりはしませんでした。おそらく二度と会うことのない人ですし、実際にその国に住んでいる人の率直な意見を聞ける機会は貴重だと思ったからです。ルクセンブルクで一生暮らしてきた人の本音を聞ける機会など、もう二度とないかもしれません。
彼女は「怖がらせたいわけではない」と何度も言いながら、自分が感じている街の変化や、以前ほど安心して歩けなくなったという思いを語りました。私はすべてに同意したわけではありませんが、同時に一人の意見が国全体を代表するわけではないということも理解していました。それよりも印象的だったのは、彼女が初対面の私たちにこれほど率直に話してくれたことでした。
駅に着くと、彼女も私たちと同じ場所で降りました。私たちが空港へ行くためにバスに乗る予定だと話すと、「トラムの方が早いわよ」と言って駅の外まで案内してくれました。どの停留所で降りるのかまで丁寧に教えてくれました。乗車する前に彼女は私たちの名前を聞き、自分の名前も教えてくれました。トラムのドアが閉まり、車両が動き出すと、彼女は手を振って見送ってくれました。この短い出会いは、きっと長く記憶に残ると思います。

日本には「一期一会」という四字熟語がありますね。一生に一度の出会いを大切にするという意味の言葉であり、英語には存在しません。人生の出会いはどれも一度きりで、まったく同じ形で繰り返されることはありません。だからこそ、その瞬間を大切にするべきだという考え方です。列車で出会った女性との会話は、まさにこの言葉を思い出させるものでした。彼女の意見すべてに共感したわけではありませんし、極端に感じた部分もありました。それでも彼女の話を聞くことで、ルクセンブルクに暮らす人がどのように自国の変化を感じているのかを少しだけ理解できた気がします。私はただの旅行者で、ほんの短い時間その国を訪れただけです。だからこそ、その土地で生きてきた人の声に耳を傾けることには意味があると思っています。
Airbnbで出会ったフランス人学生の優しさも含め、こうした出会いは今回の旅の中でも特に心に残るものでした。旅行の魅力は、景色や建物だけではありません。そこで出会う人々との、ほんの短いけれど忘れられない瞬間にもあるのだと思います。今回の六週間のイギリス滞在(1月中旬から2月末まで)の間にも、こうした小さな出会いは何度もありました。そしてそれらは、どの観光地よりも強く私の記憶に残っています。







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