写真: マイナビニュース
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「ひろゆき」の愛称で知られる西村博之は、日本のインターネット文化を語るうえで欠かせない人物の一人だ。1990年代末に匿名掲示板「2ちゃんねる」を開設して以来、ひろゆきは単なるネット掲示板の管理人にとどまらず、テレビタレント、著述家、実業家、メディアコメンテーターとして活動してきた。近年では、ネットやメディアの世界を越え、政治の世界にも足を踏み入れようとしている。その影響は日本国内に限らないのである。2015年には、2ちゃんねるに影響を受けて誕生した米国の匿名画像掲示板「4chan」を買収し、運営者となった。そして2026年7月、ひろゆきは元明石市長の泉房穂とともに新たな政治団体を立ち上げた。長年インターネットやメディアで存在感を示してきたひろゆきは、なぜ今、政治の世界に進もうとしているのか。
ひろゆきは1976年、神奈川県相模原市に生まれた。生後まもなく東京へ移り、北区赤羽で育った。中央大学に進学した後、アメリカ合衆国のアーカンソー州に留学している。1999年、アメリカ滞在中に開設したのが「2ちゃんねる」だった。当時、日本にもすでに匿名で書き込める掲示板は存在しており、2ちゃんねるもその一つである「あめぞう」などから影響を受けていた。しかし、2ちゃんねるは匿名性と膨大な数の掲示板を武器に急速に規模を拡大していった。芸能やゲーム、テクノロジーから、政治、社会問題、個人的な悩み、時事ニュースまで、ほとんどあらゆるテーマについてユーザーが自由に議論できる場となり、やがて日本の初期インターネット文化を象徴する存在となったのだ。1
一方で、その匿名性と比較的緩い管理方針は、2ちゃんねるを長年にわたる論争の対象にもした。人種差別的・排外的な書き込み、誹謗中傷、犯罪に関する投稿などが問題となり、掲示板に掲載された内容をめぐって、ひろゆき自身も数多くの法的問題に巻き込まれた。ひろゆきは、投稿内容を運営側が積極的に管理するのではなく、「ユーザーが自由に書き込むためのプラットフォーム」として2ちゃんねるを運営する姿勢を取っていた。この考え方は、その後のひろゆきの人物像を形作る重要な部分となった。新しいコミュニケーションの場を生み出した人物として評価される一方、従来のメディアなら掲載しないような内容まで許容する人物としても見られるようになったのである。2

写真: サオリンの日記帳
2000年5月、佐賀県から福岡県へ向かっていた西鉄バスが17歳の少年に乗っ取られる事件が起きた。少年は事件の直前に2ちゃんねるへ書き込みをしており、バスの乗客21人を人質に取った。事件では最終的に1人が死亡した。事件をきっかけに、2ちゃんねると犯罪との関係が全国的な注目を集めることになる。ひろゆきはその後、テレビ朝日の『ニュースステーション』に出演し、匿名掲示板がどのような仕組みで運営されているのかを説明した。これが、ひろゆきにとって大きなテレビ出演の一つとなり、それまでネット上でしか知られていなかった人物の顔が一般の視聴者にも知られるきっかけとなった。3 当時のインターネット上では、巨大な匿名掲示板を管理している「謎の人物」に対するイメージと、実際にテレビに登場したひろゆきの姿とのギャップも話題になった。写真を見たユーザーからは、意外にも感じがよさそうな青年だという反応や、容姿を評価する書き込みもあった。4 このテレビ出演でひろゆきが語った「嘘を嘘と見抜けないと、(掲示板を使うのは) 難しい」という言葉も注目を集めた。
2005年には、動画配信サービス「ニコニコ動画」を運営するニワンゴの取締役に就任。その後はテレビやネット番組にもよく出演するようになり、政治家や芸人、ジャーナリストなどと議論する姿もおなじみになっていった。短くストレートに答えたり、相手の話の前提を突っ込んだりするスタイルから、「論破王」と呼ばれることも。著書も多数出版しており、YouTubeでもニュースや社会問題について話したり、他の出演者と議論したりする動画を公開している。特に、こうした動画の切り抜きが人気を集めた。ABEMAによれば、2021年にはひろゆきのYouTube切り抜き動画の月間再生回数が約3億回に達したという。5
2023年には、ABEMAの番組『世界の果てに、ひろゆきを置いてきた』にも出演。ナミビアに置き去りにされ、限られた予算と陸路でアフリカを旅するという企画で、その後の第2シリーズでは俳優の東出昌大とともに南米を旅した。2ちゃんねるを作ったひろゆきが、今ではこうした旅番組にも出演するようになったことからも、活動の幅がかなり広がっていることが分かるのである。

写真: デイリースポーツ
ひろゆきの名前が日本国外でも広く知られるようになった大きなきっかけの一つが、2015年の4chan買収だ。4chanは、米国のインターネット文化に大きな影響を与えた匿名画像掲示板で、2003年にクリストファー・プールによって設立された。そのルーツには日本の匿名掲示板文化があり、特に2ちゃんねるから大きな影響を受けていた。2015年、プールは4chanをひろゆきに売却したと発表したのである。つまり、2ちゃんねるを作った日本人が、その2ちゃんねるなどから影響を受けて生まれた海外の掲示板を、最終的に自ら所有することになった。4chanは、アニメ、ゲーム、ミームなどの文化と深く結びつき、英語圏のインターネットにおける最も影響力のある匿名掲示板の一つとなった。一方で、嫌がらせ、過激思想を持つコミュニティなどとの関係も指摘されてきた。”WIRED” などの調査では、4chanと過激主義運動や暴力事件とのつながりも取り上げられている。6
こうしてひろゆきは、2ちゃんねると4chanという、日本と英語圏を代表する二つの匿名掲示板に関わることになった。ただ、ひろゆきのキャリアは順風満帆だったわけではない。運営してきたサイトをめぐっては、投稿内容の責任を誰が負うのかという問題などから、訴訟やさまざまな論争も起きている。2ちゃんねるとの関係も、後に大きく変わることになる。
サイトのドメインや運営権をめぐる争いの結果、ひろゆきは元々の「2ch.net」の管理権を失うことになった。その後、自ら「2ch.sc」という別のサイトを立ち上げ、結果として自分が創設した2ちゃんねると競合する形で別の掲示板を運営することになった。7
4chanの運営をめぐっても、さまざまな問題が起きている。4chanは、一般的なSNSなら削除されるような投稿も残ることで知られており、ネオナチなどの過激な思想を持つコミュニティとの関係も指摘されている。8 それでもひろゆきは活動を続け、テレビやネット番組への出演を重ねてきた。今では、ネットをあまり使わない人にも知られる存在になっている。
2026年7月27日、ひろゆきは泉房穂とともに政党を立ち上げた。暫定的な名称は「ひろゆき&泉新党 (仮)」で、2人が共同代表を務める。この団体は、2027年の統一地方選挙に向けて候補者を募集し、まずは市長選や区長選を中心に候補者を擁立する方針だ。いきなり国政政党を目指すのではなく、地方政治から始める形になる。9 ネット掲示板の運営からテレビやYouTubeなどで活動してきたひろゆきと、弁護士や国会議員、明石市長を経験してきた泉が、今回一緒に政治団体を作ることになった。

写真:東京新聞。ひろゆきと泉が以前、共同で出版した本。
この政党がまず目指しているのは、国政政党を作ることではなく、2027年の統一地方選挙に向けて、市長選や東京23区の区長選などで候補者を立てていく方針だ。9
では、泉房穂は一体誰なのか。泉は兵庫県明石市出身の弁護士で、NHK職員や衆議院議員を経験した後、2011年に明石市長に初当選した。その後3期12年にわたって市長を務め、2023年に退任。2025年の参議院選挙では兵庫県選挙区から当選した。泉が全国的に知られるようになった理由の一つが、明石市で進めた子育て政策だ。明石市では、子どもの医療費や学校給食費、第2子以降の保育料などを無料にする「5つの無料化」を実施。子育て世帯の負担を減らす政策を次々と進めた。一方で、泉自身もこれまで何度も問題になってきた。10
2019年には、市職員への発言が問題となり、市長を辞職。その後、再び立候補して市長に返り咲いた。その後も市議らへの発言をめぐって問題になり、地方政治から引退する意向を表明。2023年に市長を退任した。ひろゆきと泉の政党は、まず地方政治から変えていくことを目指しているとのことです。明石市で進めてきた政策を、ほかの自治体でも実現できることを示したいという。これまでに示されている政策には、子育て支援の拡充、減税や給付による可処分所得の増加、行政のデジタル化などがある。また、選挙で掲げた公約を政治家が実際に実行するための仕組みも考えている。11
その中でも特徴的なのが、公約を実際に実行することを候補者に約束させる仕組みだ。候補者は当選後、公約に合わせた予算案や条例案を実際に提出する。もし実行しなかった場合には、金銭的なペナルティを科すことも検討していると。二人は、こうした仕組みを「約束を守る政治」につなげたいとしている。2027年の統一地方選挙では、東京都内で区長選が行われる11区すべてで候補者を立てることを目指している。都道府県知事選や政令指定都市の市長選への候補者擁立も検討している。泉は、将来的には国政への進出も考えていると説明している。11
ただ、2026年9月現在、正式な党名や詳しい政策はまだ決まっていない。正式名称や主要な政策については、10月に一般から意見を募ったうえで発表する予定だという。

ひろゆきが泉房穂の選挙運動を応援するため、街頭演説に参加した際の様子。
ひろゆきのこれまでを振り返ると、1999年に2ちゃんねるを作ってから、テレビや書籍、YouTube、そして4chanと、活動の場を少しずつ広げてきたことが分かる。その一方で、匿名掲示板の運営をめぐる訴訟や論争にも関わってきた。日本のネット文化を代表する存在として知られるようになったひろゆきが、今度は泉房穂とともに政治団体を立ち上げ、地方選挙で候補者を立てようとしている。
ネットの世界から来たひろゆきと、弁護士や政治家として活動してきた泉。これまで違う分野で活動してきた2人が、これから地方政治でどのような活動をしていくのかが注目される。2ちゃんねるを作ってから27年、ひろゆきの活動は今もネットの枠を越えて広がり続けている。





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