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2025年のアフリカネイションズカップ、そして2026 FIFAワールドカップで、一人のサポーターが世界中で大きな話題となった。
コンゴ民主共和国代表の試合が始まるたび、サポーターのミシェル・クカ・ンボラディンガ氏は、周囲の観客に支えられながらスタンド前方の柵へ上るのだ。黄色いシャツに赤いネクタイ、水色のジャケット、あるいはコンゴ民主共和国の国旗を思わせる色合いの装いに身を包み、拳を高く掲げたまま90分間、一切動かず立ち続ける。その姿は、同国初代首相パトリス・ルムンバの有名な写真を再現したものだ。顔立ちもルムンバによく似ていると言われており、試合終了の笛が鳴ると初めて表情を崩し、涙を流すこともある。このパフォーマンスが世界的に拡散されたのは2025年だが、ンボラディンガ氏は2013年から同じ追悼パフォーマンスを続けている。

写真: The Great Lakes Eye, Yahoo!スポーツ
パトリス・ルムンバは、1960年にベルギーから独立したコンゴ民主共和国の初代首相を務めた人物である。パン・アフリカニズムと民族自決を掲げ、アフリカ独立運動を象徴する存在として現在も高く評価されている。
しかし、独立直後の国内は混乱に陥った。軍の反乱、鉱物資源が豊富なカタンガ州の分離独立、さらに冷戦下における外国勢力の介入が重なり、「コンゴ危機」と呼ばれる深刻な政治・軍事危機が発生した。ルムンバ政権は発足からわずか数か月で崩壊し、1961年1月、ベルギー当局の関与のもとでカタンガ側勢力によって殺害された。冷戦期にはアメリカも彼を政権から排除しようと工作を行っており、公開された機密文書からCIAが暗殺計画を検討していたことも明らかになっている。ただし、CIAが実際の殺害を直接実行したとする決定的な証拠は確認されていない。
ワールドカップのコンゴ民主共和国対ウズベキスタン戦では、ンボラディンガ氏が一度だけ静止を解く場面があった。片手で口元を覆い、もう一方の手で銃を模したジェスチャーを頭に向けたのである。この仕草について、多くの報道やSNSでは、東部コンゴで続く紛争や、それに対する国際社会の「沈黙」を訴えるメッセージではないかとの見方が広がった。ただし、本人がその意図を公に認めた事実は確認されていない。
一方、コンゴ民主共和国東部では2021年後半以降、反政府武装組織「M23」の再蜂起によって戦闘が激化している。紛争は数百万人を避難に追い込み、数千人の命が失われるなど、世界でも最も深刻な人道危機の一つとなっている。さらに、ルワンダによるM23支援疑惑も地域の緊張を高めている。こうした状況にもかかわらず、この紛争はウクライナ戦争やガザでの戦闘と比べ、国際メディアで十分に報じられていないとの指摘も少なくない。
ンボラディンガ氏のジェスチャーが映し出されると、中継映像はすぐに別の場面へ切り替えられた。FIFAが政治的な意思表示を競技中に認めない方針を取っていることが背景にあるとみられる。その後、同氏のアメリカ入国ビザが取り消されたと報じられ、コンゴ民主共和国がイングランドに1対2で敗れた決勝トーナメント1回戦を現地で応援することはできなかった。
ジェスチャーの真意が何であったにせよ、ンボラディンガ氏の活動をきっかけに、パトリス・ルムンバという人物を初めて知った人は少なくない。SNSで動画が拡散され続けるなか、彼の存在はアフリカの脱植民地化を象徴する歴史的人物へと、世界中の人々の関心を改めて向けるきっかけとなっている。







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