私は2022年7月8日のことを、ほとんどすべて覚えている。
その日は学校が早く終わった。午前11時半頃に教室を出ると、スマートフォンに「安倍元首相が倒れた」という速報が届いた。ここで使われていた「倒れた」という言葉から、私は演説中に単に気を失ったのだろうと思った。しかし数分後、奈良市で街頭演説中に銃撃されたという通知が届いた。
私は信じられなかった。安倍さんが? 撃たれた? 日本で? しかも奈良で? 奈良といえば、前年に旅行で訪れたばかりの街だった。さらにその前夜 (日本時間) には、イギリスのボリス・ジョンソン首相が辞任を表明していた。本来なら私にとって大きなニュースだったはずだが、この出来事によって一瞬でかき消されてしまった。
その日の帰り道は、どこか現実味がなかった。周りにいた高齢の乗客たちは静かに会話を続け、何事もなかったかのように過ごしていた。おそらくスマートフォンを持っていなかったのだろう。まだニュースを知らないように見えた。自分だけがその速報を知っていて、周りではいつも通りの日常が流れている。その光景が、まるで現実から切り離されたように感じられた。
家に帰ると、すでにテレビがついていた。家族とともに午後の残りをずっとニュースを見ながら過ごし、良い知らせが入ることを願っていた。少なくとも5時間は見続けていたと思う。今でも、何度も繰り返し流れていた同じCMをいくつかはっきり覚えている。午後5時、ついに発表があった。安倍晋三元首相は搬送先の病院で死亡が確認された。日本は戦後初めて、元首相の暗殺という出来事を目撃したのである。

写真: South China Morning Post
その夜、私は塾へ向かった。そこでもまた、現実感のなさを覚えた。先生の中には、何が起きたのか全く知らないような人もいた。自分だけが歴史的な瞬間を見ていて、その一方で周囲の日常は変わらず続いている。まるで夢の中にいるような感覚だった。
連日の報道の中で、ある動画が何度も流された。事件後の数週間、テレビ局は繰り返しその映像を放送し、SNSでも急速に拡散された。そこには、安倍氏が静かにピアノの前に座り、「花は咲く」を演奏する姿が映っていた。
この映像はもともと、2021年3月11日に行われた東日本大震災と福島第一原発事故から10年を迎えるオーケストラ公演に向けたメッセージとして収録されたものだった。「花は咲く」はNHKが制作し、作曲を菅野よう子、作詞を岩井俊二が担当した。2011年の震災後、復興支援のチャリティープロジェクトの一環として発表され、被災した人々に希望を届け、復興を支えることを目的としていた。
その後、何か月もの間、あのメロディーが頭から離れなかった。
二か月後、私は学校からの帰り道、安倍氏の国葬をスマートフォンでライブ視聴していた。最寄り駅の一つで、高齢の抗議者たちが「税金を使うべきではない」と書かれた横断幕を掲げ、国葬に反対していた。国葬は大きな論争を呼び、抗議のために焼身行為に及ぶ人までいた。私が横を通り過ぎる間も、彼らは「国葬反対!」と繰り返し言っていた。その一方で、私のスマートフォンでは国葬の式典が生中継されていた。そのタイミングが妙に皮肉に感じられた。
国葬では、安倍氏の人生と政治家としての歩みを振り返る追悼映像が上映された。映像は、彼が「花は咲く」を演奏するシーンから始まり、世界各国の首脳や元首脳、皇族、政府関係者らが見守る中、そのメロディーが追悼の多くの場面で流れていた。
政治的な立場は別として、私はこことをうごかされた。政治に興味を持ち始めたのはその前年からだったが、安倍氏は日本で暮らす私の人生を通じて常に存在していた人物だった。日本で過ごした時間の大半において、彼は日本政治の顔だった。支持する人も批判する人もいたが、その存在はずっと続くもののように思えた。
私にとって安倍氏は、英国におけるエリザベス2世女王と似た存在だった。もちろん役割は全く異なるが、どちらも私の子ども時代を通じて長く公の場にいた人物だった。当時、私は二人に対して強い政治的意見を持っていたわけではない。しかし、彼らはそれぞれ私が「自分の国」と感じる日本とイギリスを象徴する存在になっていた。2016年リオ五輪の引き継ぎ式で安倍氏がスーパーマリオとして登場した場面は、その印象をさらに強めた。そして2014年、彼が私の地元を訪れて演説した際に、実際にその姿を見たことも覚えている。

写真: ABC News
4年が経った今でも、あの日のことを鮮明に覚えている。不思議なのは、時々、安倍氏がまだどこかにいるように感じることだ。戦後日本を代表する政治家の一人として、2022年以降も彼に関する本は数多く出版され続けており、その名前はテレビ、政治討論、そして日常会話の中でも頻繁に耳にする。首相退任から2年も経たないうちに暗殺されたため、彼の政策や評価、政治的遺産についての議論は今なお現在進行形で続いている。海外とは違って、日本では、安倍氏の名前が暗殺事件の文脈でのみ語られるわけではない。
歴史が最終的に安倍晋三という人物をどう評価するにせよ、2022年7月8日は「その前」と「その後」を明確に分ける数少ない一日の一つであり、日本で暮らす多くの人々にとって、そして私自身にとっても、決して完全には忘れられない日であり続けるのだと思う。
安倍晋三元首相の暗殺事件、犯人の動機、そしてその後の影響については、以前に書いた別の記事でより詳しく扱っている。この記事の締めくくりとして、安倍氏が「花は咲く」を演奏するオリジナル映像を下に掲載しておきたい。






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