写真: The New Arab
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バッシャール・アル=アサド政権下で官僚を務めていた元高官アテフ・ナジーブが、現在刑事裁判にかけられている。彼は2011年のシリア抗議運動に対する弾圧を主導したとして、「シリア国民に対する罪」に問われている。1 この裁判は、アサド政権時代の治安機構に関連する最初期の大規模訴追の一つとなっている。
より広範な「アラブの春」蜂起の一部でもあったシリア革命は、2011年、ダルアー市で数人の少年が逮捕・拷問され、死亡したと報じられた事件をきっかけに始まった。少年たちは学校の壁に反アサドのスローガンを落書きしたとして拘束されていた。拘束中の扱いに対する怒りは急速に広がり、政治改革を求める全国規模のデモへと発展した。アサド政権はこれに対し強硬な弾圧で応じ、軍や治安部隊を全国各地の抗議者に投入した。その後の混乱は、長期にわたる壊滅的な内戦へと発展していくこととなる。
裁判では、同様の犯罪で告発されている他の高官たちに対する欠席裁判も行われており、その中にはバッシャール・アル=アサド本人も含まれている。2 アサドは現在拘束されていないものの、これらの裁判は、彼の統治下で行われた行為に対する法的責任を追及するより広範な取り組みの一環とされている。
訴状によれば、ナジーブは蜂起の引き金となった少年たちの逮捕・拷問を含む初期弾圧に直接関与していたとされる。また、モスクで行われていた座り込み抗議に対して実弾使用を命じ、あるいは監督した疑いに加え、紛争初期に発生した複数の拷問死事件にも関与しているとされている。3

写真: Le Mondeより。バッシャール・アル=アサドは2024年12月、アフメド・アル=シャラア率いる反政府勢力によって政権を打倒された後、政府崩壊に伴いシリアから逃亡した。
現大統領アフメド・アル=シャラアは、モスクワに対しバッシャール・アル=アサドの引き渡しを繰り返し求めてきたが、大きな進展は見られておらず、プーチン大統領もこの問題を避け続けているとされる。4 その一方で、アサド政権に関係していた人物や、戦争犯罪に関与したとされる者たちへの訴追が、シリアの新たな政治時代の中で始まりつつある。こうした動きは、アサド時代に経験した長年の戦争と苦難に対する説明責任追及の始まりとなる可能性がある。
3 DW







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